我が国では人口の減少、少子高齢化などの影響で、高齢者の比率が増え続け、後継者がいないなどの理由でお墓を持てないような方が散骨を選択するようになってきました。お墓を持たないの散骨は簡単に考えられてしまいますが、実は正しく行わないと大切な故人様が迷ってしまうのです。

散骨の目的

海の散骨

散骨とは、亡き人の魂をあの世の世界にお送りすると共に遺骨(遺灰)は大自然にお返しする儀式です。

亡き人の魂をあの世に送り出す

人は亡くなった瞬間に肉体から魂が抜け出ていき、ある程度の距離を保ちながらも、魂にとって自分が今どうなっているのかが分からずにいますので、たとえば棺桶に入れられて火葬場に行くのにも必ず先頭には位牌を持った人が先導し、魂が迷わないように誘導するのです。

火葬場で火葬されて焼骨となり骨壺に収骨した後は、再び位牌の先導に引き続き自宅まで誘導されて四十九日までお祀りされて、お墓がある場合には四十九日の法要が済んでから納骨ということになります。

お墓に納骨されたお遺骨はお墓が魂の依り代になります。お墓は石で出来ていて背が高く、個人の名前も刻まれていますので、魂が降りて来る依り代としての機能を備えているのです。

たとえば海の散骨の場合には遺骨に魂が付いたまま散布すれば、どんどん拡散していって魂が迷いますので、必ず「〇〇様の散骨の儀式を行います、お遺骨は大自然にお還りください、魂は天にお還りください」などの言葉をかけたり、魂とお遺骨に対するそれなりの儀式を行う必要があります。

海の向こうの世界へ旅立ち

海の散骨-船

太古の昔より海の水平性の遥か彼方、夕陽が沈むその向こうには死者の世界があると信じられてきました。光あふれる温かくて穏やかな世界なのです。

今の時代では世界地図があって航空機が世界中を飛び交いますので、そういう世界は信じられないでしょうが、私達の見えている世界は私達人間が持っている五感で感じている世界だけであり、仏の目で見れば実際はもっと広くて奥深い、何層にも重なった世界なのです。

私達が死者の世界へと旅立つ人を送る時には温かい気持ちで送り出します、そして決して迷わないように、何と言っても遥か彼方の遠い世界です、送る人の気持ちも大切なのです。

山の向こうの世界への旅立ち

やすらかの森-散骨

地平線の彼方にもとても広くて明るくて温かい死者の国があると信じられてきました。たとえ肉体は朽ち果てても魂だけは温かい世界を目指すのです。

山(森)の散骨では遺骨を撒いた場所に魂が残ってはいけません、お参りする場所ではないからです、お墓でもありません。遥か彼方の世界へと魂が迷わずに旅立つようにと祈り、願います。

遺骨(遺灰)は大自然にお返し

我が国では土葬の歴史が長く、骨までも含めた肉体は大地に還るということを繰り返してきました。お墓にしても本来は肉体が大地に還る場所であり、墓石や墓標などが魂の依り代としての機能を果たしてきたのです。

可能であれば肉体が大地に還る場所と魂の依り代は同じか近い場所にあることが理想ですが、散骨の場合には後継者がいないということで魂の依り代は作らずに天に還って頂きます。

しかしながら近年のお墓というものにも矛盾点があり、骨壺に入れて封をしたお遺骨は決して大地に還ることはありません。本来は大地に還るべきだと思います。

散骨で無縁仏になることもある

散骨では故人様の魂は天にお送りし、お遺骨(遺灰)は大自然にお還しするのですが、処分するような方法であったり、故人様に対して何の語りかけも無い散骨は無縁仏になる可能性大でございます。業者に依頼するにしてもこのような心がけのある業者に頼まないと無縁仏が増えるばかりでございます。

正しい散骨とは

人が人を送るのに、本来は難しい取り決めがあるのではなくて、心がけと気持ちが籠っていれば十分でございます。良かったかどうかは、亡き人とが決めることなのです。

正しい粉骨も忘れずに

散骨をするにはお遺骨を粉状にする粉骨も必要ですが、粉骨もとても大切なことです。遺骨の形が変わってしまい粉になってしまうのですが、何の説明や儀式も無く突然粉砕機に入れられて粉になってしまえば、魂が混乱してしまいます。大切なことは、いかにもそこにいるように語り掛け、儀式をして分かって頂くことなのです。

無縁仏にならないように

亡き人を粗末にしますと無縁仏が増えるばかりでございます。特に散骨はお墓に代わる簡単な方法であるが故に葬送に関係ない方の参入が著しく、大切なことを忘れたサービス合戦の状況でございます。このままでは民族の崩壊にもつながりかねないと声を大にして訴えかけております。

こういったことを踏まえた上でおこなっています…NPOの散骨エンター

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